26.7.10

なぜこの本を書くのか

26年初夏。私はパリで金継ぎの作品展をする機会を頂きました。
パリで金継ぎの話をすると、多くの人が興味を持って耳を傾けてくれました。しかし、その多くは「割れた器を金で美しく直す日本の技法」という理解でした。

もちろん、それも金継ぎの魅力の一つです。

けれど、本当に伝えたいものは、その先にあります。

金継ぎを支えているのは「漆」という素材であり、その背景には、木を育てる人、漆を採る人、精製する人、道具を作る人、そして何百年も受け継がれてきた文化があります。

私は、その物語をもっと伝えたいと思いました。けれど同時に、一つのことに気付きました。

私は金継ぎを教え、漆を使ってきましたが、漆という文化のすべてを知っているわけではありません。

漆はどのように育ち、誰が守り、どのような思いで受け継がれているのか。まだ私自身が知らないことが、たくさんありました。

だから、この本は「知っていることを書く本」ではありません。

自分の足で産地を訪ね、人に会い、話を聞き、漆に触れながら学んでいく旅の記録でもあります。

 『Behind the Urushi』

 金継ぎの向こう側にある、まだ多くの人が知らない日本の漆文化を、私自身も学びながら、一緒に歩いていきたいと思っています。
 その積み重ねを、一冊の本として未来へ残すこと。
それが、私の目指す『向こう側』です。 

 

26.7.15

山梨で見つけた、未来への挑戦

『Behind the Urushi』の旅を始めて、最初に訪ねたのは、私の暮らす山梨県内にある漆の畑でした。

漆と聞くと、岩手や茨城など、古くから知られる産地を思い浮かべる人が多いかもしれません。私自身も、山梨で漆の植栽が行われていることを、これまで深く知りませんでした。

畑には、これから年月を重ねていく若い漆の木が並んでいました。

漆は、植えればすぐに使える素材ではありません。人の手で育て、長い時間をかけ、ようやく樹液を採ることができます。一本の木から採れる量も、決して多くありません。

その木々を目の前にして、私が普段使っている漆は、最初から材料として存在しているのではなく、誰かが未来を見据えて植え、守り、育ててきたものなのだと、あらためて感じました。

この植栽活動では、山梨の伝統工芸である印伝を手がける「印傳の山本」と連携し、山梨で漆を育て、山梨のものづくりに生かしていく、地産地消を目指しています。

地域で育てた漆を、地域の伝統工芸に使う。

言葉にすると、とても自然な循環に思えます。しかし、一度途切れかけた材料の流れを、もう一度地域の中につくり出すことは、簡単ではありません。

木を植えたからといって、すぐに成果が見えるわけではない。何年も先を見ながら、手入れを続けていかなければならない。その先には、漆を採る技術や、使い続ける人の存在も必要です。

だからこそ、この畑で行われていることは、単なる植樹ではないのだと思います。

それは、まだ見えない未来のために、今できることを始める挑戦です。

伝統文化は、昔からあるものを守るだけでは残りません。

材料を育てる人がいて、技術を受け継ぐ人がいて、それを使い、次の時代へ渡そうとする人がいる。そのすべてがつながって、はじめて文化は生き続けます。

私はこれまで、金継ぎを通して漆に触れてきました。

けれど、漆の木が育つ場所に立ってみると、その一滴の向こう側に流れている時間の長さを、これまでとは違う感覚で受け取ることができました。

山梨で育てられた漆が、いつの日か山梨の印伝に使われる。

その未来は、まだ少し先にあります。

けれど、この畑にはすでに、その未来へ向かう物語が始まっていました。

『Behind the Urushi』では、こうして各地を訪ねながら、漆を育てる人、採る人、使う人、そして未来へつなごうとする人たちの姿を記録していきます。

今回の訪問は、私にとってその最初の一歩となりました。


『Behind the Urushi』取材記事掲載予定

『Behind the Urushi』取材記事掲載予定

 

『Behind the Urushi』取材記事掲載予定 

『Behind the Urushi』取材記事掲載予定

『Behind the Urushi』取材記事掲載予定